言語によって、発声する周波数が異なり、その結果、日本人にとって、外国語のヒアリングや会話が困難である、という「運命論」、「宿命論」が横行しています。
しかし、この考え方は、誤りだと思います。確かに、言語によって発声周波数が異なるということは事実のようですが、これはあくまで平均的な意味で、同じ言語でも国・地域による違い、男女・年齢などによる個人差、家族の話し方・方言などの環境的差異など、様々な要素が考えられ、一律に断定できるような単純なものではありません。
他方、日本人が弱いとされている英語の高音域のヒアリングについても、英語には、日本語には存在しない母音があり、母音と結びつかずに発音される子音も多いこと、また“th”のような日本語には存在しない発音もあること、など彼我の発声周波数の違い以外に、より根本的な言語学的差異が極めて大きいことに留意すべきです。
本稿では、英語と日本語の発声周波数の違いがどのようなものか、その結果、英語のヒアリングや会話にどういう影響を与えているのか、どうすればこの問題を解決し、英語のヒアリング力を強化できるのか、などについて述べます。
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言語による発声周波数の違い
言語の違いによる発声周波数がどの程度異なるのかをウェブサイトで調べてみました。
出典が明らかにされていないため、根拠が不明ですが、各サイトとも、ほぼ同じ下表のようなデータを記載していました。
しかし、アメリカのエリック・バーンハードソンの研究によれば、ヒトの発声周波数は、50~300 Hzで、言語の違いより男女差の方がはるかに大きいと主張しています。
すなわち、男性の多くは、85~180 Hz、女性は165~255 Hzとしています。彼は、英語・スペイン語・ロシア語の3言語と男女の違いを下のグラフにして示しています。
引用元:https://erikbern.com/2017/02/01/language-pitch.html)
また、一般的ソプラノ歌手の標準音域は、260~1047 Hz、高音に強いソプラノでも、1400 Hz程度までと言われています。
最も高い声を出す人としてギネス・ブックに認定されている、アメリカのシンガーソング・ライター、マライヤ・キャリーは、Emotions(1991)で、裏声ですが、hihihiC (2093 Hz)で歌っています。
したがって、英語圏の一般人が、5,000 Hzや12,000 Hzもの高音まで使って話しているとは、とても考えられません。
周波数は、線形ではなく対数表示する方が、聴覚系の刺激の強弱として適切です。音楽の音階も、リニアではなく等比的に配置されています。
日本語は、ロシア語、ドイツ語に次いで広帯域をカバーしています。ロシア語、ドイツ語の上限が、日本語と同じ1,500 Hzとすれば、日本語はそれらの言語と同等の周波数域の言語と言えます。
英語の高音域の音声は、なぜ聞き取りにくいのか?
一般に、母音は低音で、子音は高音で発声されます。英語には、多くの子音が母音と結合することなく、単独で発音されます。他方、日本語は、子音単独の音が「ン」以外にありません。
そのため、日本人は、英語の子音単独音に聞きなれていない、不慣れな状態です。もちろん、臨界期以前の児童の場合は、未だ「音慣れ」していないため、英語の発声を頻繁に聞くチャンスがあれば、その音に慣れて、聞き取れるようになるのです。
また、加齢にともない、高音が聞こえなくなります。これは、言語とは何の関係もない生理的老化現象です(詳しくは後述)。
例えば、モスキート音(蚊の羽音)は、17,000~19,000 Hzの音ですが、20歳代前半よりも若い人々には、はっきり聞こえますが、それ以上の高齢者にはほとんど聞こえません。
このことを利用して、若者を撃退するための高周波音発声装置を公園などに設置して、夜間稼働させているところもあります。
加齢による高周波音の難聴化現象の多くは、鼓膜から内耳に至る物理的振動系の障害ではなく、内耳から脳の聴覚野への電気信号経路および聴覚野細胞の劣化が原因と言われています。
加齢ではなくて、「音慣れ」不足が原因であっても、聴覚野が劣化し、代謝が不十分な場合、高音から聴き取れなくなる現象が起こります。もちろん、加齢がそれに拍車をかけることは、十分考えられます。
成人が英語を聞き取るためには?
鼓膜から先の物理的振動経路に問題がない場合、脳の聴覚野を鍛えることで、高音を聞き取ることができるようになります。
それには、高音を含む音楽、会話などを、ぼんやり聞くのではなく、一生懸命聞くことを繰返すのです。
そういう訓練で、今まで聞こえなかった高周波音(モスキート音など)が明瞭に聞こえるようになります。
しかし、そのことと英語が聞き取れるか否かということとは、無関係です。
上述のように、英語には高音の子音のみの音が数多く混在していますので、ある程度の高音を聞き取れる必要があります。
しかし、蚊と対話する訳ではないので、10,000 Hzを超えるようなモスキート音が聞こえる必要はないのです。せいぜい、マライヤ・キャリーの最高音、2,000 Hz程度まで聞き取れれば問題ありません。
(ピアニストは、88鍵の最低音、27.5 Hzから、最高音の4,186 Hzまで、聞き取れなければなりませんが。)
さて、欧米人が、日常使っている、1,500 Hzまでの周波数帯は、日本語と同一で、日本語が聞き取れる人にとって、音響聴力的には何の問題もないはずです。
それにも拘わらず、英語が聞き取れないのは、音響周波数的問題ではなく、言語的問題の解決を怠っているからなのです。音響的に聞き取れることと、言語として聞き取れて理解できることとは、まったく別次元のことなのです。
例えば、ドイツ語をまったく知らない人でも、ベートーベンの交響曲第9番「合唱」の第4楽章『歓喜の歌』を歌うことができます。先生の発声を耳で聞いて、忠実に真似をして発声することを繰返せば良いのです。
しかし、ドイツ語を知らなければ、歌の内容を理解したとは言えません。
英語のヒアリングでも同じで、ネイティブの発声を何百回も聞いて、真似を上手にできるようになったとしても、英語として理解したことにはなりません。
アメリカの小学生は、トランプ大統領のスピーチをすべて正確に聞き取れるでしょう。
しかし、その内容を理解できるようになるには、政治情勢など広範囲の背景知識が必要です
つまり、発言の内容が正確に理解できなければ、英語を聞き取れたことにはならないのです。
そのためには、地道に、①語彙(単語とイディオム)・文法・用法・背景の勉強を続けることと、②その習得範囲内のネイティブの発声・発音に慣れることです。
どちらが簡単かと言えば、②の「聞き慣れる」ことの方がはるかに簡単です。
しかし、その聞き取れる範囲は、①で勉強した範囲内に限られます。
①のテリトリーを拡張していかねば、②だけでは、「ドイツ語を知らず、『歓喜の歌』を歌う人」と変わりないことになります。
誰でも、英語圏の国に半年も滞在すれば、その人の①の実力の範囲内で、ほぼ完全に聞き取れるようになります。
もちろん、日本国内にいても、CDやウェブサイトで「聞き慣れる」練習を通じて、ある程度ヒアリング力が向上します。
しかし、その域を超えて、聞き取れるようになるには、「英語シャワー」のみでは不可能で、地道な①の努力が必要です。
まとめ
ウェブサイト上の記事の多くは、日本人にとって英語のヒアリングが困難な原因を、日英両言語の音響的周波数の相違に求め、「英語シャワー」のような、英語の「聞き流し」で解決できるような「幻想」を与えています。
しかし、英語シャワーで聞き取れるようになるのは、それ以前に培った英語力(語彙・文法・用法)の範囲内であって、それを超えることはできません。
超えるためには、更なる英語力の向上を図り、その上で、各人に適切なレベルの「英語シャワー」を浴びて、「聞き慣れ」、さらに実際に話してみる必要があります。
CDを買って聞き流せば、それだけでヒアリング力が上達するというような甘言にだまされないようにしなければなりません。